全国高等学校野球選手権の歴史訪問

2020/08/19 ブログ

暑いですね!! 山梨は連日の猛暑日で、甲府盆地内は夜まで涼しくならなくて、、本当にこの老体の身体にこたえますよ。そして今は新型コロナ感染予防、更に熱中症予防とダブル予防の毎日でヨボヨボな私から、夏の風物詩である全国高等学校野球選手権について、その歴史をスポット紹介をさせて戴きますね。

私が若いころは、団扇と麦茶(麦酒?)を片手に、テレビに映る真っ黒に日焼けした汗だくになって一生懸命にプレ-する選手、さらに応援団の姿に感動され夢中になります。だから、このイベントは、日本の夏には欠かせない行事だと思いませんか?

1915年(大正4年)に全国から選ばれた10校が大阪の豊中球場で第一回大会が開催され、決勝戦は京都二中と秋田中が対戦し、2対1で京都二中が優勝しました。
そして、105年後の今年、2020年(令和2年)は102回大会として開催準備されましたが、残念ながら、新型コロナ感染拡大防止の為に中止となりました。

大会開催の中止の歴史は、今回で3回目の中止なんです。
1回目は1918年(大正7年)に米騒動勃発による中止だそうです。米騒動?なんか米の価格が急騰して暴動事件が発生したみたいですよ。
2回目は1941年~1945年の太平洋戦争による中止。
そして今回102回目が中止、だから今回の新型コロナ影響は日本の夏の歴史に残る大大出来事なんです。

さらにマメ知識を紹介しますね。
1.高校野球の聖地である甲子園球場は、1924年(大正13年)第10回大会から使用を開始しています。となると、
約90年近く、あの思い出の甲子園の土は、どれくらい選手によって持ち出されたのか??興味ありませんか?

2.全国の都道府県の代表は、各県1校に東京と北海道の各2校が地方大会を勝ち抜いて、49代表が甲子園へ。
第一回は10校、太平洋戦争前は日本各地区代表に、朝鮮、満州、台湾を加えて、地区予選をしたようです。
太平洋戦争敗戦後、朝鮮、満州、台湾は外されて、今の49代表になったのは、1978年(昭和58年)第60回大会からなんですって!

3.テレビ放映が開始されたのは、1953年(昭和28年)第35回大会からなんです。テレビは今は当たり前の世界ですが、日々人類の日進月歩によって、数々の環境が改善されてきたんですね。約70年前の出来事です。

さて、長くなりましたが、来年こそ、日本人の多く子供たちの目標としている、さらにその子供たちの成長を楽しみにしている数多くの日本人の為にも、この新型コロナが終息し、来年こそ開催されることを祈りましょう!!

不動産部老体より